令和6年度に未来社会デザイン統括本部から海外渡航支援を受けた本学学生(脱炭素ユニット構成研究室)の活動報告を掲載します。
海外の研究者との交流を通じ、今後のキャリア形成においても有意義な、多くの収穫があった海外研修となったようです。
脱炭素ユニット 光化学技術創成グループ
学生活動支援―海外研修成果報告書
「アセン分子における光励起電子スピンの分光測定」
工学府応用化学専攻
楊井研究室修士2年
石井航
2024年6 月中旬から8 月中旬の約2か月間にわたり、オックスフォード大学理学部化学科 Christiane Timmel 研究室、シェフィールド大学理学部物理学科 Jenny Clark 研究室、グラスゴー大学工学部量子工学科 Sam Bayliss 研究室、グラスゴー大学理学部化学科 Gordon Hedley 研究室のイギリスの4つの研究室を訪問し、それぞれの研究室において機能性色素材料の分光測定を行った。
活動内容
(1)初めの 3 週間では、オックスフォード大学の Christiane Timmel 研究室に滞在し、発光の磁場効果測定を実施した。Timmel 研究室ではヨーロッパコマドリを始めとする動物が有するクリプトクロムと呼ばれるたんぱく質の磁気コンパスとしての機能に注目し、その中で生じるラジカルペアのスピンダイナミクスについて精力的に研究を行っている。しかし、クリプトクロムは安定性が低いことから、磁気コンパスとしての応用が阻まれている。そこで近年では、安定性が高い有機色素分子に注目し、特にルブレン中で生成する光励起三重項対 トリプレットペア) の磁場効果特性について研究を進めている。今回の訪問では、楊井研究室で合成した 2 種類のルブレン誘導体について発光の磁場効果測定を実施した 写真 1) 。ルブレン同様、2 種類のルブレン誘導体についても磁場効果が観測された。興味深いことに、磁場効果信号の強度と線幅に関してルブレン誘導体間で顕著な違いが見られた。これらの違いは結晶内での色素の積層構造の違いに起因するトリプレットのホッピング効率に依存していると考えられる。今回は多結晶薄膜について測定を行ったが、今後は単結晶についても同様の測定を行い、磁気コンパスとしてのルブレン誘導体の分子設計指針を確立する。
(2 ) 次の2 週間で、シェフィールド大学の Jenny Clark 研究室に滞在し、超高速分光測定を行った。楊井研究室で開発した発光性ダイマー分子の過渡吸収測定を行い、一重項励起子分裂 (Singlet Fission: SF) が起こっていることを明らかにした。ポリスチレンに分散したダイマー分子は濃度が非常に薄いため、信号強度が非常に弱いことが想定された。そこで、まずはドロップキャスト法によりポリマー膜を厚くすることを試みたが、ポンプ光の散乱が強く出てしまった。そのため作製法をスピンコート法に変更し、より薄い膜を作製したところ、散乱を抑えつつ十分な強度の信号を得ることができた。今後は過渡吸収測定に加えて時間分解発光測定も行い、ダイマー分子内での SF ダイナミクスの解明を試みる。
(3)シェフィールドに滞在した後、グラスゴーに向かい、グラスゴー大学に 4 週間滞在した。グラスゴー大学では工学部量子工学科 Sam Bayliss 研究室と理学部化学科 Gordon
Hedley 研究室に滞在し、共同で分光測定を行った。Sam の研究室では主に、分子内の電子が有するスピンという情報を発光によって読み出す、いわゆる光検出磁気共鳴 (ODMR) を駆使した研究が行われている。今回の滞在ではシェフィールド大学で測定したダイマー分子の ODMR 測定を試みた 写真 2, 3) 。ダイマー分子の光と酸素に対する安定性が非常に悪いことから、サンプル作製とODMR セットアップの最適化に約 2 週間を有した。その後測定を行った結果、持参した 3 種類のダイマー分子のうち 1 種類のみ ODMR 信号を観測することに成功した。今後は更なる測定を進めることでダイマー分子中でのスピンダイナミクスを解明していく。
(4)また、グラスゴー大学の Gordon Hedley 研究室にも滞在した。Hedley 研究室は単一分子分光を専門にしており、今回の滞在では楊井研究室で合成した発光性ダイマーの測定を行った。ダイマー分子中での SF とその逆過程である TTA のダイナミクスを単一分子の発光から読み解くことを目指した。しかし、ダイマー分子の発光強度が単一分子レベルでは十分ではなく、ノイズと単一分子発光の区別に苦戦した。いくつかのサンプルで単一分子に由来する発光信号を取得することができたため、今後は測定条件を最適化し、SN 比の高い信号を取得するとともに、フォトンアンチバンチングと呼ばれる単一分子分光測定へ進めていくことを考えている。
以上のように、今回のイギリス留学では 4 つの物理系研究室に滞在し、様々な最先端分光技術を経験した。また、当初期待していた以上の結果を得ることができ、更なる国際共同研究による研究の発展が期待される。