令和7年度に未来社会デザイン統括本部から海外渡航支援を受けた本学学生(総合理工学府 光・電子機能化学研究室)の活動報告を掲載します。
海外の研究者との交流を通じ、周囲の温かいサポートを受けて、今後のキャリア形成においても有意義な、多くの収穫があった海外研修となったようです。
今回、同じ研修先に渡航した2名の方の報告を、2つ続けて紹介いたします。
脱炭素ユニット 光化学技術創成グループ
学生活動支援–海外研修成果報告書
「ドイツ・ウルム大学での活動報告」
総合理工学府 総合理工学専攻 光・電子機能化学研究室
博士後期課程2年 安楽 滉允
2026年1月下旬から2月中旬の約1か月間にわたり、ドイツのバーデン=ヴュルテンベルク州南部の都市ウルムにある、ウルム大学のSabine Richert教授の研究室にて研究活動を行った。
研究課題と渡航目的
近年、量子コンピュータといった量子科学技術に関連する研究が盛んに行われており、量子材料としては、ナノダイアモンド窒素–空孔中心(NVセンター)をはじめとする無機材料が主流である。一方で、私はこれまでに電子スピンを有する有機分子であるラジカル分子に着目して研究を行ってきた。中でも発光性を有し、かつラジカル中心を二つ有する発光ジラジカルは、次世代の量子材料として注目を集めている。
本研究では発光ジラジカルを新たに開発し、その発光特性やスピン特性を詳細に調査することで、有機分子の量子科学技術への応用可能性を示すことを目的としている。今回の渡航では、スピン特性の評価で用いる電子スピン共鳴法(EPR)の測定・解析を得意とするウルム大学のSabine Richert研究室においてDinar Abdullin博士研究員のもとで、実際に合成したジラジカルのスピン特性評価を行った。
活動内容
今回の滞在では、EPR技術を用いて渡航前に合成した発光ジラジカルのスピン特性を評価した。発光ジラジカルは電子スピンを二つ有している「有機分子」であるため、NVセンターのような無機材料と比較してスピン特性や発光特性の精密制御が容易である。多くの有機分子は基底状態ではスピンをもたない一重項状態を取り、励起状態ではスピンをもつ三重項状態を取ることができるようになる。しかし、励起状態の寿命は短いためスピンの保持時間に課題がある。一方で、基底状態においても三重項状態を取りうる発光ジラジカルはより安定にスピンを保持することができるため注目されている。EPR等を用いた有機ラジカルのスピン特性評価に関連する多くの論文を報告してきたSabine Richert研究室では、主に合成した発光ジラジカルの室温と低温における連続波(CW)EPR測定及び周辺知識の収集を行った。さらに、同大学内のAlexander J. C. Kuehne研究室のAnika LebzelterさんやFedor Jelezko研究室のRémi Blinder博士研究員にも、試料調整やパルスEPR測定などでご協力いただいた。EPR測定及び理論計算結果から、開発した発光ジラジカルが基底三重項状態を有する分子であることが示唆され、基本的なスピン特性の解析に成功した。今回の渡航を皮切りに、今後も共同研究を続けていくことで合成した分子の量子材料としての応用可能性をより詳細に検討していきたい。
活動を経て学んだこと・感想
今回の渡航における研究活動では、所属研究室としても新しい挑戦であったため基礎的な知識の習得とEPR技術への理解の深化に重きを置いて取り組んだ。周囲の方々がやさしく丁寧にサポートしてくださり、特にDinar Abdullin博士研究員には、基礎的な内容を一から丁寧に教えていただいた。今回の渡航で得た知識を所属研究室にも持ち帰り今後の測定や解析の糧にしたい。また、研究以外においては、Sabine Richert研究室だけでなく多くの方々と食事などに行き交流することができた。英語でのコミュニケーション能力をはじめとする多くの見習うべき点があり、今後の自身の課題として向き合っていきたいと感じた。
脱炭素ユニット 光化学技術創成グループ
学生活動支援–海外研修成果報告書
「ドイツ・ウルム大学での活動報告」
総合理工学府 総合理工学専攻
光・電子機能化学研究室 修士課程1年 竹山 日南子
2026年1月下旬から2月中旬の約3週間にわたり、ドイツのバーデン=ヴュルテンベルク州ウルム市に位置するウルム大学のSabine Richert研究室に滞在し、Dinar Abdullin博士らと共同研究を行った。
研究課題と渡航目的
自身が所属する研究室では現在、次世代の量子情報処理材料として期待される発光性ジラジカルの研究に着手し、合成を進めている。私は今回、代表的な発光ラジカルであるtris-(2,4,6-trichlorophenyl)methyl(TTM)ラジカルを用いた2種類の位置異性体のジラジカルを設計・合成・同定まで行ったが、その物性の一つであるスピン機能を評価する上で不可欠な電子スピン共鳴(EPR)測定については知識が不十分であった。そこで、EPR測定を専門とするSabine Richert研究室で、測定のノウハウを体系的に習得するとともに、実際の測定を経験することを目的として渡航した。
活動内容
今回の滞在では、持参した2種類のジラジカルおよびそれぞれに対応する2種類のモノラジカル試料に対し、EPR測定法、実験で得られたスペクトルのシミュレーション手法、さらには密度汎関数理論(DFT)計算による予測方法について、共有していただいた多数の資料を参照しながら、Dinar Abdullin博士に基礎から丁寧にご指導いただいた。
また、EPR測定では室温および液体窒素温度でのXバンド連続波EPRに加え、同大学Fedor Jelezko研究室のRémi Blinder博士のもとで液体ヘリウム温度におけるXバンドパルスESR測定も実施し、これらの結果が持参した4つの試料間で大きく異なることを確認した。
今後の展望としては、条件を変えたパルスEPRの再測定に加え、DFT計算による予測やスペクトルシミュレーション、さらにODMR測定などを行うことで、位置異性体である2種類のジラジカルの物性差を明らかにし、量子情報処理材料への応用に向けた新たな知見の獲得を目指す。
また、渡航期間中には、今回のEPR測定用試料の調製で大変お世話になった、同大学で同様にジラジカル研究に取り組むAlexander J.C. Kuehne研究室のKuehne教授、ならびに博士課程学生のAnika Lebzelterさん、Larissa Schöneburgさんとディスカッションする機会をいただき、同分野の研究者との議論を通して、新しい視点と大きな刺激を得ることができた。
活動を経て学んだことや成果、感想、今後の展望等
今回の滞在では、EPR測定の基礎を習得できたことに加え、連続波EPRだけでなくパルスEPRの測定にも立ち会い、具体的な手順を学ぶことができた点が大きな収穫となった。実際に測定を間近で観察することで、測定そのものにとどまらず、試料の脱気方法や試料チューブの装置への搬入方法など、細かな注意点についても確認することができた。
さらに、国際社会で活動する上での英語力や教養の重要性についても強く実感した。今回が初めてのヨーロッパ訪問であったが、ドイツでは大学の外でも英語を話せる人が多く、日常会話の中で国際情勢や政治的な問題が話題になることも少なくなかった。そのような環境の中で、拙いながらも自分の意見を述べ、議論を交わしたことは大きな自信となった。
科学や哲学、音楽など多くの分野で歴史を築き、数々の偉人を輩出してきたドイツの地で、様々な風景や出来事、人との出会いを通して、世界の複雑さや歴史の奥深さ、そして異なる価値観を学ぶことができたと感じる。これらの経験を糧に、世界で活躍できる研究者を目指し、今後も研究に邁進していきたい。
最後になりますが、この3週間は研究面のみならず視野の広がりという面でも自身の成長を実感することができました。このような貴重な機会をくださったすべての関係者の皆様に、心より感謝申し上げます。