Report

令和8年度_学生海外活動支援に関わる報告(脱炭素ユニット)

令和8年度に未来社会デザイン統括本部から海外渡航支援を受けた本学学生(理学府化学専攻 分光分析化学研究室)の活動報告を掲載します。

海外の研究者との交流を通じ、周囲の温かいサポートを受けて、今後のキャリア形成においても有意義な、人生観が変わるような機会に恵まれた海外研修となったようです。


脱炭素ユニット 光化学技術創成グループ

学生活動支援–海外研修成果報告書

「マインツ大学での成果報告書」

理学府化学専攻 分光分析化学研究室 
博士後期課程3年 本田瑛之

①研究課題と渡航目的

近年、光エネルギーを利用して電子移動反応を駆動する光触媒は、物質変換やエネルギー変換など幅広い分野で研究が進められている。特に、遷移金属錯体は可視光を吸収することで特徴的な励起状態を形成するため、光触媒や光増感剤として広く利用されている。一方で、光励起後に生成する励起状態の寿命が短い金属錯体では、分子間で電子移動が起こる前に励起状態が失活してしまうことが多く、光反応への応用が難しいと考えられてきた。

そこで今回の研究では、励起状態の寿命そのものを長くするのではなく、あらかじめ電子供与体と電子受容体を分子間相互作用によって近接させることで、短寿命の励起状態からでも効率的な電子移動を実現できるのではないかと考えた。具体的には、鉄シアニド錯体と電子受容体との間に基底状態での会合状態を形成させ、その状態を光励起した際に生じる電子移動反応を調べることを研究課題とした。

今回の渡航では、光化学および時間分解分光を専門とするドイツ・ヨハネス・グーテンベルク大学マインツのChristoph Kerzig教授の研究室に滞在し、鉄シアニド錯体の分子間相互作用の制御と、光励起後の電子移動過程の観測を目的として研究を行った。特に、短寿命励起状態を有する錯体であっても、分子間の配置や会合状態を適切に制御することによって光反応を進行させられる可能性について検討した。

②活動内容

今回の滞在では、まず鉄シアニド錯体と電子受容体との基底状態における分子間会合を形成する条件の探索を行った。イオン性の金属錯体では、錯体本体だけでなくカウンターイオンや溶媒の種類によって溶解性や分子間相互作用の強さが大きく変化する。そのため、鉄錯体および電子受容体のカウンターイオンや溶媒条件を変化させながら、吸収スペクトルなどを測定し、両分子が相互作用しやすい条件をスクリーニングした。(写真1、写真2)

実際に複数の条件を比較することで、溶媒やカウンターイオンの組み合わせによって錯体間の相互作用や溶解状態が大きく変化することを確認した。また、基底状態における会合を評価するため、吸収分光測定などを利用し、電子受容体の添加に伴うスペクトル変化を詳細に調べた。このような検討を通じて、光反応を起こす前段階として重要となる分子間相互作用について知見を得ることができた。

さらに、選定した条件に対して時間分解分光測定を行い、光励起後に生じる非常に高速な反応過程を追跡した。時間分解分光法では、通常の定常状態の吸収測定では観測することのできない、ピコ秒からナノ秒程度の短い時間領域に存在する励起状態や反応中間体を直接観測することができる。(写真3)

測定の結果、光励起状態の寿命が短い鉄錯体から電子受容体への電子移動に由来すると考えられる変化を観測することができた。これは、励起状態そのものが短寿命であっても、光励起前の段階で反応相手との距離を十分に近づけることができれば、失活する前に分子間電子移動を起こせる可能性を示す結果である。今後は得られた時間分解スペクトルをさらに詳細に解析し、電子移動速度や会合状態との関係を明らかにすることで、短寿命励起状態を持つ鉄錯体を光化学反応へ利用するための分子設計指針につなげたいと考えている。

③活動を得て、学んだこと

今回の海外研修では、研究成果を得られたことに加えて、海外の研究室に実際に所属し、現地の研究者とコミュニケーションを取りながら研究を進めるという非常に貴重な経験を得ることができた。実験条件について研究室のメンバーと相談し、その場で得られた結果について議論しながら次の実験を考えていく過程は、普段とは異なる研究環境だからこそ得られた経験であった

また、研究室のメンバーとの日々の議論や交流を通して、研究内容を英語で説明し、自分の考えを相手に伝えることの重要性を改めて実感した。十分に伝えられず苦労する場面もあったが、積極的にコミュニケーションを取ることで実験を進めることができ、非常に有意義な時間を過ごすことができた。
今回得られた研究成果や分光測定に関する知識を今後の博士課程での研究に生かすとともに、今回構築した海外研究者とのつながりを今後の共同研究へと発展させていきたい。また、海外の研究環境で実際に研究を行った経験を今後の研究活動の糧とし、国内外の研究者と積極的に議論しながら研究を進められる研究者を目指していきたい。(写真4)

④ドイツでの観光・文化交流

今回の滞在では、研究活動だけでなく、マインツ市内を中心にドイツの文化や生活に触れる機会も得た。マインツ大聖堂や旧市街を訪れ、歴史的な建築物が現在の街並みの中に自然に残されている様子が印象的であった。また、ライン川のほとりを歩きながら、現地の人々が散歩や食事を楽しむ様子にも触れることができた。
滞在時期はちょうどブドウの収穫時期と重なっており、発酵途中の「新ワイン」を味わう機会もあった。普段飲むワインとは異なる甘みや風味があり、地域と季節に根付いた文化を実際に体験することができた。さらに、ソーセージや肉料理、パンなどの現地料理も楽しみ、食文化の違いを身近に感じることができた。
研究室のメンバーとも食事などを通じて交流する機会が多く、研究以外の話題についても会話することで、現地の文化や価値観への理解を深めることができた。今回の滞在は、研究面だけでなく、異なる文化の中で生活し、人と交流するという点でも非常に貴重な経験となった。(写真5)

 

写真1 試料の調整を行い、その吸収スペクトル変化を観測することで基底状態会合の最適化を図った
写真2 試料の調整を行い、その吸収スペクトル変化を観測することで基底状態会合の最適化を図った
写真3 時間分解分光による鉄錯体からの電子移動の追跡を行った
写真4 実験終了後に開かれたラボメンバーとの夕食会
写真5 学生たちのビール交流会